先行世代が伝え損なった家族の姿
〜絵本フォーラム第68号(2010年01.10)より〜

「肌に温もりを、記憶していますか? 」

藤井 勇市(「絵本講師・養成講座」講師)

高度経済成長がもたらした代償

 では、何が壊れてきたのかと言いますと、それは家族(の形、姿)なのです。家族というものはいろいろな機能(役割)を持っています。社会学は、その機能(役割)を整理して教えてくれます。

@婚姻と血縁の家族構成

A家族が情緒によって結合

B子どもの養育・躾(しつけ)・教育を中心に運営

C男女役割分業(男=生産と戦争、女=家事と育児)

D自家自立(マイホーム化、家族以外との交流減少)

 この 5つの機能(役割)が現在では、殆んど全てを外部に委託してしまえるようになりました。そのような恐るべき(そう思っている人は少ないのですが)機能不全と言うより機能委託の家庭が大量に発生してきたのです。それを、家族の崩壊現象と私は呼んでいるのです。
  つまり、家族団欒の時間、朝夕の食事、あるいは子どもと一緒に遊び養育する、そのような、かつて持っていた家族の機能(役割)は、家族の手から離れ外部へ委託(アウトソーシング)することで家庭は運営されています。
  もちろん家庭という空間には 3、4人の人間は存在しているのですが、家族の持っている精神的・身体的な紐帯といいますか、つながりは希薄になってしまっています。私から言えば、悲しい家族の形(姿)だと思うのですが、「これがいい」という人もまた、たくさんおられます。
  この現実に対して大きな疑問を持たないことも、今時(いまどき)の「家族」かもしれません。このような意味において内実的に近代家族は既に崩壊していると考えています。 
  ここでは女性に一方的に負担を強いてきた子どもの養育や洗濯、調理などの外部機関(サービス)への委託を問題にしているのではありません。
  また、医療、保育、冠婚葬祭、介護などは、金銭を媒介して家庭から外部への委託がすすみました。このように社会的なインフラ整備がすすみ、家庭においては「家族の時間」(親密と愛情の空間)が一気に増えました。にもかかわらず、上のように家族の交わりが希薄になってきたのは何故でしょうか。
  そういう家庭がなぜこんなにも多く発生してきたかといいますと、これも詳しく話しますと時間がかかりますから簡単に一側面を説明させてください。
  この国の高度経済成長は 1950年代の終わりごろから急激(速)に始まりました。農業社会から産業社会への移行が始まったわけです。この移行は、家族だけでなく、今まであった地域共同体も同時に壊していきました。
  またこの時期、農村(共同体)は徹底的に破壊されていきました。時の政府(池田勇人内閣)は農業基本法( 1961年=昭和36)を策定し、アメリカの耕作形態を模倣し水田や畑を大規模化する政策を取り入れました。大規模化することによって農協から機械類を導入することにしたのですが、自己負担金(約25%)を捻出することができず多くの農家は離農を余儀なくされました。後段で少しふれますが、農家の子どもたちは“集団就職”として都会の会社や工場に吸収されていったのです。この政策は、農村が持つ社会、経済、文化的な基盤を根こそぎ破壊していきました。
  この農業基本法策定に中心的にかかわった東畑精一氏は後年、「農業基本法が日本の農村、農家を徹底的に壊してしまった。自分はそれを見通すことができなかった。自分には今後、農政について語る資格はない」と、述懐しておられたということです。
  我われの幼年期の社会は人間同士の温かなつながりはありましたが、経済的には貧しい社会でした。産業社会の黎明期には、今では信じられませんが、なかでも「電化製品」は光り輝いていました。懐かしい名前ですが「三種の神器」というものがありました。テレビ・洗濯機・冷蔵庫がその「神器」です。その神器を一つずつ揃えていくのに、それこそ胸高鳴る喜びと達成感を感じていた世代なのです。
  その世代が貧しい中、刻苦精励、汗水流して働き、現代のようなゆたかな社会を作ってきたのです。ゆたかな社会の到来は寿(ことほ)ぐべきことです。が、有頂天になったわけではありませんが、その代償とも言うべき喪失したものも数多くありました。
  ゆたかになったところで喪失したもの、それは先ほども言いました家族の絆の切断であり、地域共同体の崩壊です。そのようなものを、先行世代が喪失してきた中で現代の子育て世代は育ってきました。影響がないわけがありません。その影響が現代の子育てに、また、暗い影を落としているのです。

大人社会が奪った子どもたちの時間、空間、仲間

 では、先行世代はどのようなものを無くして、過ごしてきたのでしょう。幾つかの代表的な事例をお話していきたいと思います。
  先ほど、近代家族の機能(役割)でありました 5つの点のAとBについて少し詳しくお話していきたいと思います。
  私たちの世代(もうひとつ上の世代もほぼ同じです)は、折からの産業社会の出現により働く場所(工場、会社)は急激に増えました。また、この頃は全国的な人口の移動(田舎から都会へ)が地域社会を空洞化していった時期でもあります。一生懸命に働くことにより収入は格段に増えていきます。先の三種の神器にもありましたように、物質的な欲求は飛躍的に満たされていきました。しかし、そのことと反比例するように、家庭のなかで家族(子ども)と一緒に過ごす時間は極端に減少していきます。電化製品が家庭に進出し家事という諸作業が簡略化したにもかかわらず、です。子どもと精神的な絆を結ぼうというような時間や営みは徹底的になくなっていきます。
  そのような中で、われわれは今までに見たことも出会ったこともない“産業社会的近代人”を発見したのです。産業社会が発展・成熟していく中で、今まで存在しなかった“新しい個人”が誕生してきたのです。
  今では懐かしい言葉ですが、この世代は「企業戦士」という名前で呼ばれていました。家族を家庭に残して、国内はおろか海外へも単身で赴任をしました。かく言う私も、全国 30数ヵ所くらい、ほとんど単身赴任した経験を持っています。つまり、そのような労働形態が、家族と共に過ごす時間を徹底して減らしてきたのです。
  同時に、 1975年以降の高度経済成長期には、子どもの出生率が2・0(現状の人口を維持する率)を大幅に切り、大きな社会問題(1989年=1・57ショック)となりました。
  さらに人口の都市への集中により、かつて存在した子どもを社会化するために必要であった遊びの三つの間(時間、空間、仲間)が社会から消失していきました。子どもたちが大人(近代の子)になるために必須であった通過儀礼が社会の構造的な変化により空白になってしまいました。
  三つの間に加えさらにもうひとつの「間」も無くなったという人もいます。何の「間」でしょうか。それは、手間という「間」のことです。
  違う言葉で言えば、子どもは「手塩」にかけて育てるという大人側の営みです。手塩などという言葉は、若い人はあまり遣いません。もう、死語の部類でしょうか。そういう中で子どもたちは、ひとり孤独にテレビを見る、ゲームをする。今ではパソコンで終日過ごせるような子どもが増えてきました。
  そこに現代の子どもの育ちの問題点がありはしないか。家族の崩壊と経済成長、情報化社会の影の部分が子どもの育ちを直撃しています。子どもたちは、人間を肌で感じることのない荒野に放り出されているのではないでしょうか。
  もう一つ困ったことは、教育(早期知育)の外部委託の問題です。
  もし皆さんの中で、これから私の話すことを一生懸命されていたら「ごめんなさい」と言うべきか、すぐ「お止しなさい」か、それとも冗談ですが「信念を持って続けなさい」と言うべきか、少し迷ってしまいます。
  それは、早期教育の問題です。今では、「超」早期教育というものもあって、赤ちゃんの首も満足に据わらないうちから「教育=知育」を始める親が増えてきました。
  この早期教育という概念は、未だ学問的にきちんと成立していません。例えば、平凡社の発行する『世界大百科事典』で調べてみますと、小項目で僅か 726文字の記述しかありません。それも、きわめて否定的に捉えられています。
  簡単に言えば、実年齢(暦年)より上の事柄(情報・知識)を、早く教え込んで覚えさせる。もちろん、知識や技能、運動などをも含めて、早く教え込むというのが一般的な早期教育の概念と言われています。
  なお、早期教育には障害の克服、早期治療の意味においても用いられることがあります。(ふじい・ゆういち)
(参考文献などは最終回に掲載します)

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